飲酒日記

スキー&スノーボード2004-2005

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剣士と弟子

「迷いがあるのならやめるがいい」

 己は、才蔵に向かってそのように言い放った。
 しかしあれは、己自身に向けた言葉ではなかったか。

 才蔵の迷い。その原因は、むしろ己の心のうちにあるのかもしれない。

 ――忘れるな。お前は百年に一人の天才なのだ

 己が才蔵に語った言葉は、決して偽りではなかった。己は、あいつを一人の剣術家として完成に導くことに指導者としての誇りすら感じている。

 己自身が進むことのできなくなった高みへの夢。単なる夢とは思わせないだけの天賦の才。天の祝福を受けたような資質をこの手で育てる喜び。

 だが、それだけが全てではないのだ。

 焼け跡と化した寒村の片隅で膝を抱えて泣きじゃくっていた子供は、いつしか己が生涯で出会った最強の剣士となりつつあった。いつでも己の後にくっついてきた弟子は、今や己を超えようとしている。その時、才蔵は師範としての己の手を離れることになる。

 人は様々なことに他人の心のうちを知ることができる。言葉、振る舞い、表情。そういった日々のすべてのうちに。

 そして、目に見えぬほど微かな太刀筋の迷いに。

 おそらく、己自身が向きあうことを避けてきた心の迷いを、才蔵も日々どこかで感じていたに違いない。家族として。また、一人の剣術家として。

 才蔵は自分の存在が己にとっての重荷であると考えている。己の迷いも、苛立ちも、すべて才蔵自身の未熟さのためにあると信じているのだ。

 それゆえに、才蔵はあまりにも性急に完成を求める。

§           §           §

 月明かりの下で、微かに荷造りをする気配があった。己は眠ったふりをしていたが、恐らく、才蔵は己が目覚めている気配を感じているはずだった。

 小さく乱れた互いの気が絡み合う。しかし、それはついに言葉にはならない。

 さくさくと叢を踏みしめる音が静かに遠ざかってゆく。目覚めれば、もう己を追い悩ませるあの親しげな姿は消えているだろう。

 己は、完全に自由だった。

 そして、なにもなかった。

(なに。元に戻るだけのことだ)

 心は澄んだ水のようにおだやかだった。己はゆっくりと目を閉じると、深い闇のようなまどろみに落ちていった。
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by tatsuki-s | 2004-10-28 02:02 | Anecdote/Pun(小噺・ネタ)

雨と夢

 夜半に激しい雨音が聞こえてきた。

 はじめはバラバラと庭石や池の水に叩き付ける音がしていただけだったのだが、そのうちに鼓膜を圧するほどの大きな音になった。俺は、何やら大声で叫んでみたのだが、もう自分の声すら聞こえないほどの雨足になっていた。

 しばらくすると、雨が障子を撃ち破って部屋に吹き込みはじめ、布団がすっかり雨に濡れてしまった。氷のように冷たくなった寝床のなかで、俺は自分の体が次第に凍えてゆくのを感じて絶望的な気分になった。

 そのうち、ふと誰かが部屋に入ってくる気配がした。俺は慌てて起きあがろうとしたが、雨水を含んだ布団は信じられないほど重く、べったり体に貼りついて、どうしても撥ね除けることができなかった。

 仕方なく、俺は激しく痛む頭を持ちあげて室内を見渡した。

 暗くて遠い部屋の片隅には、従姉が座っていた。

「…さん…」

 静かに名前を呼びかけたが、聞こえていないのか、彼女はじっとそうして座っているだけだった。俺は、だんだんと大きな声を出して何度もその名前を呼んだ。

 彼女は、相変わらずじっと座ったままだった。

 そのうちに、雨が降っているから声が届かないのだということに気付いた。自分の所在を伝えようにも、ここから部屋の隅までは距離があり過ぎたので、どうしようもなかった。

§           §           §

 俺は仕方なく雨の中を歩いて会社に戻ることにした。

 靴や服の中に、あとから水が浸み込んできてひどく気持ちが悪かった。

 途中、同僚が倒れていたので連れて帰ろうとしたが、ぐったりとしていて助け起こすことができなかった。しかも、よく見ると見知らぬ男だったので、俺はすっかり疲れ果ててその場に座り込んだ。

 氷のような冷たさが体温とともにじわじわと手足の感覚を奪い去っていった。凍えきった身体には熱すぎる血液が、こめかみのあたりを大きな蛆虫のように無理やり通り抜けていく。

 いつの間にか追っ手に取り囲まれている気配を感じた。

 黒い服に身を包んだ男達は、ばらばらになった彼女の手や、足や、首を手にしている。彼らは俺を決して容赦しないだろう。

 俺は絶望的な気分で自分の死のことを思った。
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by tatsuki-s | 2004-10-23 00:23 | Anecdote/Pun(小噺・ネタ)

知りたがり

「スロットやってるときに携帯でメール打ちまくってると電磁波のせいで確率あがるんだよ。だから、俺に連絡したかったら俺がスロットやってるときにしろよな」

 あの人は、わたしにそんなことを言った。

「あー、でもずっとやってっとだんだんメール打つのめんどくさくなってきてさ、けど問い合わせは鬼のようにすっから、読むのは大丈夫だぜ? 問い合わせでも電磁波出るからな」
「ねえ、スロットやってるときって、いつなの?」
「いや。わかんねーけど、俺しょっちゅうやってっから、そんとき」
「ふぅん…」

 この人は、わたしにどうしろというのだろうか。
 それ以外のときは読まないからメールをするなというのだろうか。
 それとも、ようするにいつでもメールしていいってことなのだろうか。

 よくわからない。

 それなのに、わたしはこうしてここにいる。

 いそがしいときに急に呼び出されたり、一緒にどこかに出かけようと思っても、全然連絡がつかなかったりする。でも、少なくとも連絡がついたときに会いたいと言って断られたことはない。だから、それがこの人なりのやさしさなのだと思うことにしている。

 そんなことをぼんやりと考えているわたしをよそに、彼は延々と「スロット」の話を続けていた。

「ふうん、そうなんだ」

 適当にあいづちをうつ。こういう話も、よくわからないことのひとつだ。

 そのうちに、話に飽きたのか、わたしの反応が薄いのでつまらなくなったのか、おもむろにテレビをつけるとごろりと横になった。休日の昼間なので、テレビは、ボーリングとかゴルフとかそんなものしかやっていなかった。

「なあ、ヒマだな?」
「…うん」

 結局することといえばひとつしかない。
 いったい、この人はわたしのことを必要としているのだろうか。

(それより、わたしはこの人のことを必要としているのだろうか)

 目の前にいると、それがあたりまえすぎるせいか、またよくわからなくなる。 
 この人が消えてしまったら、どちらかはっきりするのだろうか。

 消えてしまったら。

 わたしは、冗談半分に、

(消えろ、消えろ…)

と、頭の中でくりかえし唱えてみた。

「おい、なに笑ってんだ」
「え? 笑ってた?」

(消えろ、消えろ…)
 
 なんだかほんとうにおかしくなってきて、わたしはくすくすくすくす笑った。

§           §           §

 気がつくと、わたしはひとりでわけのわからないところに寝ていた。

 あたりは暗いような明るいような、漠然とした空間だった。
 熱くも寒くもなく、身体の境界がぼやけたような気がする。

 わたしはずいぶん長いこと、そこに座って自分がどうしてここにいるのかを考えた。あたりには時間を示すものがなにひとつなかったから、ほんとうに長い間だったのかどうかはわからないけど。

 そのうちに、ひとつの答えにたどりついた。

ああ…。消えたのは、わたしのほうだったのか

 不思議なことに、悲しいとかさびしいという感じはまるでなかった。
 余計なものがぜんぶ落ちて、すっかり心がかるくなったような、ひどく落ちついた気分だった。

 ふと見ると、わたしは服も着ていなかった。

(そっか。途中で消えちゃったから)

 そんなどうでもいいことを考えて、また少し笑った。

 大丈夫。時間はたっぷりありそうだし、はっきりさせたいことはのんびり考えよう。

 ただひとつだけ残念なのは、あの人が泣いているか、困っているか、それを確かめられないことだった。
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by tatsuki-s | 2004-10-20 02:25 | Anecdote/Pun(小噺・ネタ)

合理主義者と合理主義者

 男はこの地区にある3つの工場と1つの営業所を視察して本社に帰るところだった。

 駅に向かう途上で、貧民街に近い場所にある酒場と宿屋を兼ねたような店で昼食を採ることにした。休日の昼間ということもあり、店の中は労働者の男たちばかりでなく、その家族でもごったがえしていた。

 男の勤務する会社は、主に小規模の工場や町工場向けに、それなりに複雑ではあっても判断を必要としない作業に従事する、いわゆる「作業型ロボット」を生産し、産業的に後進の地域における販売とメンテナンスによってここ数年で爆発的に成長した企業だった。

 男はその本社の業務査察官という役職にあり、しばしばこういった工業地帯における査察と業務改善の企画提案のために、年のうちの8割は本社のある首都を離れて各地域の工場を飛び回っていた。

 速やかに食事を済ませて予定していた臨時特急で本社に戻ろうとしていた男は、ふと、隣のテーブルの親子連れに意識を惹かれた。

 夫は労働者風。口数は多く、教育は至らないもののそれなりの知性の持ち主のようだった。妻はとりわけ目立つタイプでもないが、職業に就いている女性に特有の緊張感がある。娘は年の頃で3歳くらいだろうか。

 会話のはしばしから察するに、彼らは男の会社で現地採用の営業をやっている夫婦とその娘のようだった。大小さまざまな工場が集まるこの地域では、労働人口全体の20%近くが男の会社に勤務しているので、こういうことがあっても別に不思議ではない。

 男の耳は、役職柄ごく自然にその夫婦の会話を捕らえていた。

「…いいんだよ、部品なんか頼んで置かせてもらえば」
「でも、家が狭いからって断られてさ」
「場所がないってんなら外にでもなんでも放ったらかしてもいいからって、とにかく頼むんだよ。それで手当も出るんだから、そうしなきゃダメだろ?」
「でも、それじゃ古くなった部品をたなおろしで回収するときわかっちゃうじゃない」
「ばっか、何言ってんだよ。そんなもんお客さんのことなんだから、会社だって俺たちに文句なんか言わねえよ。それより、ノルマはちゃんとクリアしなきゃダメだろ」
「うん…そうだね。わかったよ」

 客先に交換用のパーツをストックしてもらうことに対して、営業担当者に一定の手当を支給する制度の意味は、故障時の迅速な対応と緊急にパーツを調達するコストの低減のためであって、決して客先に不良在庫を分散して抱えることではない。

 一体、この男はその目的を理解して言っているのだろうか?

 男は、社内教育制度と地方営業における管理体制の問題点について思考をめぐらせつつ、労働者向きの安価なわりにやけにボリュームの多い定食をもそもそと食べながら、なおもその会話に耳を傾けた。

 夫のほうは言いたいことを言いつくしたのか、夫婦の話題はいつのまにか自分たちの娘に移っていた。

「やっぱり、話し始めるとどんどんかわいくなるよな」
「もう…この子まだそんなに喋んないのよ?」
「なあおい、お父さんお前ともっと話したいなあ!」
「ん…」
「来るときもずっとお外ばっかり見てあんまりお話してくれなかったね?」
「ほら。お父さん、お話したいって」
「今日は出かけるまえに遊んでただろ? 誰と一緒だったんだ? え?」
「んーとね、○○ちゃん」
「おーーっ、そうかそうか!」

(ああ、そうか…)

 男は、不意に理解した。

 彼らは目的を知らないのではない。ただ、この夫婦にとっての目的とは、自分たちの娘を養い、この不幸と貧困に満ちた世界から守り抜くことなのだ。

 そのために日々の賃金を稼ぐことに比べれば、その制度の持つ意味など、おそらくは遠い世界の出来事のようにどうでもよいことなのだろう…。

「今日は何して遊んでたんだ? えぇ?」
「えーとね…。えーーっと…」

 周囲の喧噪のなかで、そこだけが切り離されたように見えた。男は、胸の底から熱いものがじわりと広がってゆくのを感じていた。

 男はその光景を眩しそうに見つめながら、うっすらと考えていた。

 本社に戻ったら、ノルマの達成についてもう少し厳密な基準を提案しなければならないな…。
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by tatsuki-s | 2004-10-19 00:11 | Anecdote/Pun(小噺・ネタ)


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