飲酒日記

スキー&スノーボード2004-2005

カテゴリ:Talking(よもやまばなし)( 21 )

陰謀的記憶


 記憶はどの程度の時間、どれほどの精度で持続するものだろうか。

 一般に、人間には言葉を使うようになる過程で記憶を消去するシステムがあり、その断層以前の2〜3歳あたりまでの具体的な記憶は、脳の発展上大半がデリートされるという。一部残存しているものもあるが、多くは親戚や両親など周囲の大人の再刷り込みによって増強され、エピソード記憶域に断片的に残るものらしい。逆に乳幼児時の記憶を過剰に保持していることは成長過程において何らかの阻害要因になるとかならないとか。

 ところが、ふと自分が子供の頃のことを思い出そうとしてみると、それらの「失われるべき時代」以降の記憶にしても、意外なほど残っていない。主観的には、物心がついていた、と自覚する10歳あたりでも、類型化された行動パターンの記憶は多々あれど、個別具体のエピソードに関する再現性の高い記憶は、驚くほど少ない。

 幼少時の記憶の維持率は、重要度・脈絡・似たような事例の反復・周囲の人間による記憶の強化、などの要因に左右されるので、記憶力よりは環境に依存しがちだが、SFやミステリーの場合、記憶の欠落は十中八九「隠された過去」と「上書きされた人工的な記憶」に関する伏線である。突如、身に覚えのない遺産の相続を巡って命を狙われたり、謎の飛行物体が迎えに来ないとも限らない。

 かくいう私自身、どういうわけか、若干8歳にして超人的な活躍をして未曾有の危機から全人類を救った事件をはじめとして、輝かしい栄光の記憶の数々が、あたかもそんなものは最初からまるっきり存在しなかったかのように、完膚なきまでに欠落している。

 昔のことを思い出せないという方は、何らかの巨悪と関わりがあるかも知れない。くれぐれも気をつけていただきたいものだと思う。
[PR]
by tatsuki-s | 2005-05-02 01:23 | Talking(よもやまばなし)

無理難題

前方を走る車のリアウィンドウに巨大なステッカー。

"be liberty"

板垣翁もかくや。
[PR]
by tatsuki-s | 2005-01-17 21:50 | Talking(よもやまばなし)

一年

 雨が降っていた。

 こんな日に、彼の父親は息子を駅まで送るために、やはりこうして車を走らせたのだろう。

 昨日、亡くなった友人宅の車に揺られて駅に向かう道すがら、僕は掛けるべき言葉もみつからずひたすら雨を眺めていた。

§           §           §

 望みを託せる何ものかがなければ、おそらく人間は生きてゆけない。

 それは自分自身のことかもしれないし、他の誰かのことかもしれない。いずれにしても、生きている限りは何かに望みを託さずにはいられない。その望みは絶えず形を変えながら、ときには消えたり新たなものが現れたりしながら、それでも間違いなくそこにあって、そうした連続が人生を過ごす動機になる。

 しかし、ひとつのことが長く続けば続くだけ、それは未来永劫続くもののように思われ、失われることなど思いもよらなくなってゆく。

 にもかかわらず、その基盤はおそろしくあやふやで頼りないものだ。

 それでも、はじめからなければ良いとは思わない。それは、あるときまで間違いなくそこにあって、人生のある期間を支えるもののひとつなのだ。

 だが、それは誰にとっても等しくそのように思えるものとは限らない。ましてや、気が遠くなるほど長い時間、それが人生そのものであったような対象を失った経験は、僕にはない。

 だから、僕は何も言えずに雨でも見ているしかなかった。

§           §           §

 一年前、浜辺で友人の亡骸を目のあたりにしたとき、僕にはそれが現実感の希薄な出来の悪い書き物のように思われ、泣くことも悲しむこともできなかった。何の理由があってこんなことが起こるのかまるで理解できなかった。

 そこに理由などない、ということが少しだけわかってきたのは、ようやく最近のことだ。

 失われたものは二度と戻ってこない。期待をかけて待っていても、それが誰かの手であがなわれることはない。

 ただ、別のものが生まれたり、ふたたび消えたり、というようなことが、望むと望まざるとにかかわらず、これから先も繰り返されるのだろう。そうやって、生きるための動機を絶えず探し続けるのだ。

§           §           §

 夏の終わりが近づいてきて、暑さと疲れで意識が乱れると空が高くなったように見える。

 ときどき、一年前のあの日に旅客機の爆音が鳴り響き、冗談みたいに真っ青だった南国の空を思い出す。
[PR]
by tatsuki-s | 2004-08-23 03:06 | Talking(よもやまばなし)

決断と結末

 長い休暇が終わり、いよいよ東京に戻る日になった。僕は早朝の列車で発ち、午後からは都内でいくつか用を足しておくつもりだったので、まだ夜も明け切らぬ時間に宿を出た。宿の主人には前夜のうちに別れの挨拶を済ませておいたので、出がけに簡単に声をかけて駅に向かおうとしたが、彼女だけは見送るといって駅までついてきた。

 僕達は人気のない朝の通りを、肩を並べて言葉少なに歩いた。外は霧がかかっていたせいだろうか、夏の朝にしては空気がひやりと冷たく肌に触れた。

 二人は早朝の無人駅で列車が入ってくるのを待ちながら黙って座っていた。駅前の町並みは朝霧をとおしてぼんやりと見え、東の空には薄く染まった雲がかかってじっと動かない。街路の木々の葉はそよりともせず、朝蝉が鳴いていた。通りと駅を隔てる川には、近隣の温泉宿の排湯が湯煙とともにゆっくりと流れ込んでいた。単調でくぐもった水音は、どこか時間の停止した世界を連想させた。

 明け方の光のなかで、彼女はとても若く美しく見えた。彼女と並んで腰をかけ、朝靄に浮かび上がる町並みの夢幻のようなたたずまいを眺めているうちに、僕は恍惚とした思いに捕われていた。空気は美しく澄みわたり、世界は平和に満ちていた。人の心を乱すのは、ただ人のいとなみだけだった。

 澄んだ空気のなか、遠くから聞こえてくるガタゴトという音が次第に大きくなって、列車の接近を告げていた。

 ——まもなく、1番線に電車が参ります。

 車両がホームに入るアナウンスが流れる。

「そろそろ電車が来ますね」

 彼女の肩は朝霧の冷たさにかすかに震えていた。僕はその肩に手を触れることもできずに、ただ揺らぐ心を抑えて、静かに別れの言葉を口にした。

「それじゃ…お元気で」
「はい」

 そう言って彼女は僕の手をそっと両手に取った。冷たくしなやかなぬくもりが手のひらに伝わった。

 僕は、ようやく気づいていた。自分はいま、同じ運命を分かち合えるこの世でただひとつの存在を失おうとしているのだと。見せかけのどうでもよいことにばかり気を取られ、いつでも一番重要なことを見失っていたのだった。

 僕は本当に長い時間を無駄にしたのだった。自分に望むものがあるなら、迷ったりためらったりすべきではなかった。さもなければ、いっそなにひとつ望んではならなかったのだ。 

 ——1番線の電車が発車致します。

 人気のない駅に発車のアナウンスが響き渡る。その声を合図に、僕達はゆっくりと手を離していった。最後に繋いだ指が離れると、指先には微かな温もりだけが残った。

「さようなら…」

 その瞬間、ドアが閉まった。

§        §        §

 (訳)ため込んでいたまんが雑誌の山を断腸の思いですべて処分しました。


 あ、しまった! このパターンは以前に見覚えが!

 部屋がまた広くなったのでヨシとするか…。
[PR]
by tatsuki-s | 2004-07-02 01:14 | Talking(よもやまばなし)

禁煙日記(1日目後半〜3日目)

 はじめに、この物語はフイクシヨンであり實在の人物・團體とは無關係である。然るに、この物語に登場する男と當ブログサイトの管理人たる筆者を間違つても同一視することの無きやう、くれぐれもご注意願ひたい。

 さて、唐突に始まり順風滿帆のうちに續くかと思はれた男の禁烟生活であるが、開始したその日の夜には早くも頓挫の危機を迎へてゐた。飮酒である。

 筆者はこの男と違つて喫烟の惡癖とは常々無縁でありたいと思つて生きてきたのでさつぱり分からないのであるが、喫烟者にとつては、飮酒の場は「朝の起きぬけ」「食後」「長時間の會議の終了後」と竝んで、最も喫烟に對する慾求が高まる瞬間であるらしい。

 とりわけ、アルコオルの效果によつて血管が膨脹し血流が促進された状態で、血管を收縮する效果を持つニコチンを攝取することの相乘效果で得られる快樂は、相當のものであると云はれる。

「フラゝゝするうへに、クラゝゝするのが重なるのだから、大したものだらう」

 ほとんどロボトミイの治療によつて言語中樞に支障を來してしまつた○○のうはごとの如き男自身の説明によれば、このやうな状態になるさうである(筆者の言語感覺では想像もつかなかつたが、男は「喫烟者の間ではこれで通じる」と自信滿々に云ひ放つので二度吃驚である)。

 さて、やや話しは逸れたが、その夜勤め先の友人逹に食事に誘はれた男は、2000圓食ひ放題の鍋をつつき、芋燒酎「藏の師魂」に醉ひ癡れながらも、この誘惑に必死で抗ひ續けた。更に、食後にはこれに輪をかけて喫烟への衝動が襲ひかかつたが、男はここ一番で逃孤劣等(ニコレツト)を服用し、これも切り拔けた。

 しかし、それに慢心したのであらうか。酒氣拂ひにと例によつて徒歩で歸路に就いた男は、歸宅と同時に不斷の習慣で無意識に換氣扇を廻し、腰を落ち着けるや否や烟草に火を點けてしまつた。いくら失敗した際には四方山話のネタにするといふ云ひ譯のもとに始めた試みと云へども、いくらなんでも早すぎはしないか。筆者がそのやうに男に問ふたところ、男は何食はぬ顏で、

「俺は昨日まで一日40本近く喫つてゐたのだ。そんな人間に突然『一切喫つてはならん』と云ふのは、男子中學生に一切何をしてはならんと禁ずるやうなものだ。すなはち、いづれの場合も一日に一本くらゐは致し仕方ないと云ふことだ」

などと、きはめて下品な譬喩を持ち出してさう答へたので、筆者は今までにも増して喫烟者と云ふ人種が嫌ひになつた。

 勿論、ここはこの男の品性を云々する場ではないのでこれ以上の個人的な評價は差し控へさせて頂くが、禁烟を試みると云ふ行爲については少なくともこの男を評價したいと考へてゐただけに、大變殘念に思ふ。

 しかし、唯一の救ひは男がその翌日も矢張り同じやうに歸宅直後に一本火を點けただけで、そこからだらしなくもチエヒン=スモオキングに走るやうなことが無かつた事である。それ故、筆者としても辛うじて男の「徐々に慣らしてゐるのだから心配無用だ」といふ言葉を信じることができさうである。

 筆者としては、男が「禁烟などは簡單だ。私はすでに何度もやつてゐる」といふ、亞米利加の文豪マアク=トウヱイン(『トム=ソオヤアの冒險』の作者)の使ひ古された引用で、ひねくれた負け惜しみを口にする日が來ない事を祈るばかりである。

 2004年5月27日午前0時15分現在、男の禁烟(正確には減烟と云ふべきであらう)はいまだ繼續中であるが、このシリーズが續くかどうかはやはり定かではない。しつこいやうだが、筆者がこの文體で書き續けることに苦痛を感じてゐるからでは斷じてない。

 讀者諸兄に於いては、尚も生暖かい目で生やさしく見守つてゐただきたい所存である。


註:當エントリイの作成にあたつては、辭書フアイル「丸谷君第三版」を使用してゐる。一部漢字表記の違ひは辭書の違ひによるものである。
[PR]
by tatsuki-s | 2004-05-27 00:26 | Talking(よもやまばなし)

禁煙日記(1日目)

 突然だがこの物語はフイクシヨンであり、實在の人物・團體とは無關係である。

 ここに、自制心の缺けた一人の男が居る。男は、飮酒・漫画・テレビゲエムその他諸々の低級な娯樂に常習的に耽つてゐたが、とりわけ喫煙に關してはおよそ忍耐といふものがなかつた。

 男曰く「大概の娯樂は多少なりとも氣力を要するが、喫煙ばかりは全く無氣力であつてもきはめて手輕に行ふことができる。これこそは他に類を見ない喫煙の素晴らしい利點として第一に擧げたい」とのことであつた。

 これは一歩間違へば喫煙の惡癖を稱揚してゐると誤解されかねない發言であり、昨今の風潮から察するに、「未成年喫煙禁止法違反幇助」などの罪状により別件で逮捕すらされかねない勢ひである。

 かかる惡癖に不甲斐なく身を委ねてゐたある日、男は、喫煙所で「逃孤劣等(ニコレツト)」なる禁煙補助劑を用ゐた活動へのコミツトを喫煙仲間から紹介された。男は、何を思つたかこれに飛びつくことになる。

 實は、男には幾つかの目論見があつた。第一に、喫煙に伴ふ金錢的負擔の輕減。第二に、年間を通じて止むことのない、労咳を思はせる不吉な咳及び喉の痛みの輕減。第三に、禁煙を試みるものが誰しも經驗すると言はれる禁斷症状への興味。第四に、よしんば失敗しても四方山話のネタにできればそれで良しとの下心であつた。

 2004年5月24日午後12時47分、晝食後のいつもの一服を名殘惜しさうに消した男は、禁煙状態への移行を宣言した。

 同、午後16時00分、男は落ち着きなく苛々としたそぶりを見せ始める。まだ禁斷症状といふほどのものではないが、このままでは仕事が手につかない(言ひ訳)ため、薬局に赴き件の逃孤劣等(ニコレツト)を買ひ求める。逃孤劣等には、眠人(ミント)風味のものも賣られてゐたが、まづはひねらずに普通のものを手にする。24錠で1980圓。日ごろ男の吸ふ銘柄に換算すると146.66本分の價格である。

 いよいよ耐へ難くなつた瞬間に使用してこそ效果の程が明らかになると考へた男は、逃孤劣等投入の瞬間を待つことに小さな喜びを見出しつつ、自らこれを引き延ばしてゐた。そして、午後16時37分、口ほどにもなくあつさりと誘惑に屈した男は、期待に胸を躍らせてそれを口に含んだ。

「買ふんぢやなかつた」

 と思つたのはこの男であつて斷じて筆者自身ではないが、敢へてたとへるなら、ウヰスキーに煙草の吸殼を浸して一時間ほど放置したものを口に含むとこのやうな味がするのではないか、と思はれる風味であつた(言ふまでもなく、筆者は勿論その男もそのやうな飮料を口にしたためしはないのであるが)。

 しかし、考へてみればこんなものは不味いのが道理である。禁煙者が煙草を止めることができても、補助劑が美味であつては補助劑中毒になるだけである。

 さて、喫煙と禁煙に關する薀蓄について觸れやうと思つたが、やや長くなつてしまつたのでその話は後日に讓りたい。なほ、このシリーズが續くかどうかは全く定かではない。筆者がこの文體で書き續けることに苦痛を感じてゐるから、では斷じてない。

 讀者諸兄に於いては、生暖かい目で生やさしく見守つてゐただきたい所存である。


註:當エントリイの作成にあたつては、辭書フアイル「僞丸谷」を使用してゐる。
[PR]
by tatsuki-s | 2004-05-25 19:37 | Talking(よもやまばなし)

セールスドライバーと×ボタンダッシュ

 ここのところ、ひさびさに継続してゲームをやっております。「どきどきポヤッチオ」という大変はずかしいタイトルの、かなり以前のゲームです。

 内容としては、主人公の少年が従姉のお姉さんのパン屋に夏休みの間一ヶ月滞在して、村の人たちに毎日パンを配達するというものです。これだとわけがわかりませんね。でもかなりよくできてます。

 村の人たちはそれぞれが個別の行動パターンにそって行動しているので、配達に行っても家にいるとは限りません。家族や仲良しの人に行き先を聞いたりしながら、パンを持ったまま村じゅうを駆け回ります。

 配達している間にもどんどん時間が経つので、時間切れになって眠くなったり、空腹で倒れたり、そもそも自分がみんなと仲良くないと行き先を教えてもらえなかったり、いろいろ。

 佐○急便なんかの配達の人の気持ちがよくわかります。
 やっぱり走るのには理由があるし、訪ねて行って留守だと困るんだよ!

 ちょっとこのまんがみたいなノリで「夏休み」という言葉が持つ個人的にノスタルジックな響きにひかれてかつて手をつけたのをやりなおしているのですが、そもそもいい歳してこんなものやってるのが痛い言うな。痛いから。
[PR]
by tatsuki-s | 2004-05-23 00:30 | Talking(よもやまばなし)

フライングと怪談

 最近、雨の日が多くて蒸し暑いです。

「梅雨の季節って嫌だね」
「深夜のタクシーでお客さんが消えて後部座席のシートがぐっしょり濡れたりするからね」
「それ違う」

 ちなみに、関東地方での「平年並み」の梅雨入りは6月8日前後、梅雨明けは7月20日前後だそうです。

 梅雨は毎年あるのに梅雨がいつ頃なのかは毎年忘れてしまうミステリー。
[PR]
by tatsuki-s | 2004-05-18 07:54 | Talking(よもやまばなし)

我に返る

 「我に返る」という言葉があります。先日、に出てきてから、ちょっと興味がわいたので調べてみました。

 まず、「我」という言葉は、一人称をあらわす代名詞「わ」と、存在をあらわす動詞が変化して活用しなくなった形である「れ」の合わさったものと考えられているそうです。一方、二人称は「な」+「れ」で「なれ」。「なれ」は今はあまり使いませんが、「なんじ(汝)」と同じです。

 いずれも「それ」や「これ」と同じように、相対的な関係を示す代名詞です。自分は「われ」、相手は「なれ」、他の誰かは「かれ」、手元にあるものは「これ」、近くにあるものは「それ」、遠くにあるものは「あれ」、などなど…というわけです。

 これは、インド=ヨーロッパ語族の人称代名詞のように、それ自体の存在に名付けられた呼び名とは本質的に意味が違ってきます。このことは、日本での人間についての認識が、独立の存在としてではなく、あくまで関係性のなかでなされていることを示しています。人間は常に複数存在するので、互いに区別するために呼び名を与えるという発想です。

 人が複数いると「人 人」という状態になりますが、くっつけて置いてしまうと区別がつきませんので、そこに「間」を取ります。これだと「人間」。そして、人と人の関係性を示す言葉は「間柄」。ichとduだったらどこにどう配置しても混ざることはないですが、「われ」と「なれ」では、あまり近すぎると、「これ」と「それ」のように、違いが不明瞭になってしまいます(実際、河内弁の「ワレ」などのように、日本語の人称代名詞は交換可能な性質をもっていますし)。つまり、日本語では物理的・身体的に少し長めの距離を取らないと言語的に安定しないのです。

 次に「返る」ですが、これはもともと「帰る」の意だったと考えられています。これは「われ」という概念が定着した平安時代に「人間は魂が抜けて生霊になる」という考え方があり、人は失神状態では魂が抜けて、それが「わ」に「帰ってくる」と意識が戻るとされていたことによります。

 興奮状態になると、魂はだんだんわけがわからなくなって自分の帰るべき場所を見失うのですが、これが「我を忘れる」という状態です。恋に我を忘れたりすると、魂はうっかり「われ」ではなく「なれ」や「かれ」に帰りたがるので、物理的・身体的にもこれを同一化しようと距離を詰めたくなったり、われてもすえにあはむとぞ思ったりします。

 ところでこうなると疑問なのは、その「魂」とやらは一体「だれ」なのか、です。「われ」は帰る先であり、ある意味で「場」をあらわしているわけですから、そこに帰るのは「われ」ではありえません。仮に、魂を「われ」とすると「我に返る」は「我は我に帰る」になってしまいます。

 つまり、日本語は魂(意識)に主体としての呼び名を与えていないということです。日本語には、意識はあくまで「われ」に備わっている多くの機能のひとつであって、決してその本体ではないという発想があるわけです。

 そんなわけで、酒が飲みたいという意識は、僕本体ではなく機能のひとつなので仕方ないのです。
[PR]
by tatsuki-s | 2004-05-03 14:34 | Talking(よもやまばなし)

記憶について(飲酒篇)

僕はお酒を飲んでいて記憶を失った記憶がほとんどなくて、これまでの人生ではまだニ回くらいしかありません。

こういう言いかたをすると「へえ、記憶を失ったことすら忘れてるんだ」とか言われそうですがそんなことはないです多分

一度はまだ学生の頃で、ある朝「全裸・浴室・シャワー出しっぱなしで倒れている」という、まるでサスペンスドラマの序盤で被害に遭う女性のようなシチュエーションで目覚めたことがありました。

帰宅したところまでは記憶にあったのですが、その後の記憶がきれいさっぱり消えていました。体型はマイクロフトでもシャーロックばりの推理を展開して、洗面器に残された黒い物質と台所に残された食器などから、どうやら帰宅後にイカスミのパスタをゆでて食べて、しかも吐いていたらしいことまではつきとめたのですが。

もう一回はごく最近のことで、ある朝このブログに身に覚えのないエントリーがアップされていたことがありました。

このときも飲んで帰ってきたところまでしか記憶がなかったので、最初は小人さんの仕業かと思ったのですが、飲んだ量といい文末のオチなさ加減といい、自分以外に考えられずに二重の意味でショックを受けました。

そんなわけで飲酒と記憶の話。前フリ長っ!

少し前に、飲むとしばしば記憶を記憶を失うことで知られる某女史に「どの時点から記憶をなくして、どれくらいまでなら思い出せるか」を質問してみました。

(1)臨界点を突破する(要するにベロベロになる)と、翌朝は記憶を失う
(2)その場合、それ以前のほろ酔い状態のことも遡って失われることがある
(3)(2)は頑張れば思い出せるが(1)の状態より後のことはどうやっても思い出せない

とのことでした。どうやら一口に「記憶を失う」といっても、酔いの状態によって記憶の消え方/残り方には差があるようです。なお、この質問自体も飲んでいるときにしました。心配です。

さて、まずは酔っ払いかたの種類ですが、これは大きく「普通酩酊」と「異常酩酊」にわけられ、さらに「異常酩酊」には2つの種類があるそうです。

1.普通酩酊

   a.気分が高揚して感情のコントロールがやや甘くなる。
   b.集中力が低下し、ふらついたり、ろれつが回らなくなったりする。
   c.寝る

  飲む量や速度によって a→c の順に進行。
  異常に興奮したり自分の状況が把握できなくなったりすることはあまりない。

2.異常酩酊

 2−1.病的酩酊
   意識がぼんやりして、その人が素面のときにはありえない攻撃的・暴力的行動を
   とりやすくなる。比較的少量の飲酒でひきおこされ、覚えていないことが多い。

 2−2.複雑酩酊
   状況の把握はできているが、興奮の度合いが高く、言動が粗暴で刺激的になる。
   衝動的犯罪を起こすこともあるが、記憶は残っていることが多い。

ふむふむ。
いわゆる「ベロベロに酔う」状態は「病的酩酊」ということになるようです。
一方「理性が残っているのに目つきがヤバくなって暴れる」のが「複雑酩酊」。

ただ、上記は現象の分類でしかないので、記憶が飛ぶ理由はよくわかりません。
というわけで記憶のほうにいってみます。

よく知られるように、人間の記憶には「長期記憶」と「短期記憶」がありますが、より細かく分類すると次の通りになるそうです。

1.短期記憶

 a.感覚情報貯蔵
    映像や音声などの感覚情報をそっくりそのまま保持する記憶。
    保持期間は1秒程度。

 b.直接記憶
    数字ならぱっと見で7桁までとかいう、いわゆる短期記憶。
    保持期間は30秒から数分程度。

 c.作業記憶
    状況の変化や脈絡を一定時間記憶し、知覚や認知活動を
    ガイドする記憶。中期記憶とも呼ばれる。
    保持期間は数分間から数時間程度。

2.長期記憶

 a.宣誓的記憶
    言葉で説明できる記憶。いわゆる知識や情報のたぐい。
    以下の2つに分類される。

    ア.エピソード記憶:出来事や場面に関する記憶。時空間的。
    イ.意味記憶   :言語や知識の記憶。概念的。

 b.手続き的知識の記憶
    言葉で説明しづらい記憶。自転車に乗ったり文章を書くなど、
    知識や経験の活用法についての知識を含む、手順・制御に関する記憶。

短期記憶はそのままでは一定時間経過すると消えてしまうので、そのなかで重要だと判断される情報については、長期記憶に伝達されていきます。一般に、どこに行って誰と話をしたか、といったようなおおまか状況の記憶は重要度が高いため、すぐに長期記憶送りになり、エピソード記憶として保持される、ということのようです。

お酒を飲むと、この伝達系の働きが阻害されて長期記憶への受け渡しがうまく行かなくなり、長期記憶に転送されなかった記憶は、文字通り永久に失われてしまうことになります。

さらに、長期記憶が完全に定着するまでにも段階があって、たとえば、ことばの意味を覚える場合、最初はそのことばを覚えた状況がエピソード記憶として保持され、その後にことばの持つ意味だけが記憶として残り、意味記憶になると考えられているそうです。

この他にも定着させたり記憶にアクセスして思い出したりするためには無数のプロセスがあるようで、飲んでいるときに長期記憶に転送された断片的な記憶などの単独で意味をなさないものは、しばらくしてやっぱり消えてしまうか、実は脳の中に残っていても思い出すことができないなど、いろんな理由で失われていくわけです。もちろん物理的な理由でも失われます。

なお、サフランには長期記憶への伝達を助ける物質が含まれているので飲み始める数時間前にパエリヤを食べなさいとかいう話もありますが、これものすごく無理そう。サフランの粉末でも持ち歩きますか。

ところで、今日はすごいオチを考えていたのですが、すっかり忘れてしまいました。

とても残念です。
[PR]
by tatsuki-s | 2004-04-24 14:46 | Talking(よもやまばなし)


カテゴリ
Anecdote/Pun(小噺・ネタ)
Talking(よもやまばなし)
Drinking(お蔵入り)
Diary(普通の日記)
リンク
goo辞書
Wikipedia
連続飲酒患者のための備忘録
mail