飲酒日記

スキー&スノーボード2004-2005

カテゴリ:Anecdote/Pun(小噺・ネタ)( 44 )

誕生日と再会

 気がつくと、目の前には、本来なら今日で私からほぼ一年遅れの誕生日を迎えるはずの男がいた。

 引き払ったあとのオフィスのようにがらんとしたリノリウム張りの部屋、その窓際にあるガラステーブルを挟むようにぽつんと置かれた一対の白いソファに、我々は半ば寝そべるように座り、差し向かいで煙草を吸っていた。仄暗い室内には午前中の薄い陽が差し込んでいた。

 私がそれと気づいたときには、我々はすでに互いに何事かを話していたようだった。その場には、とりわけ親しい人間との間にのみ存在しうる特別な気配があった。そして、その気配の質は、紛れもなくその男と私が言葉を交わす際に特有のものだった。失われたはずのそれに触れて、私は激しく心が満たされてゆくのを感じていた。

 同時に、私はなぜ彼がそこにいるのかと思った。しかし、彼はこともなげに、そこにいることがさも当然であるかのように煙草をふかしていたので、私はそれを訊くことを思いとどまった。もしかしたら、彼自身がその違和感に気づいていないのかもしれなかった。私はむしろ、それを訊くことで彼が苦しんだり姿を消してしまうことを恐れた。

 いつのまにか、私は昼食のために食堂に向かっていた。午後にふたたびその男と落ち合う約束をしていたらしいが、一体どういうわけでこの短い時間にわざわざ一旦別れて、再度会うことになったのかはわからなかった。

 食堂には、私のことをあまり快く思っていない人々がいた。ずいぶん長いこと会っていない人ばかりだった。私は緊張しながらも懐かしさからそのうちの数人に声をかけてみたが、彼らはまるで私の声など聞こえなかったか、せいぜいが不愉快な空耳でもあったかのように、少し姿勢を変えたり、眉を顰めて新聞に目を落としたりするだけだった。

 約束していた座席に男はいなかったので、私は著しい不安に苛まれて彼に電話をかけた。いまだに男の番号はメモリに残っていた。呼び出すこと数回、突然電話は切れた。そして次の瞬間、携帯がコールを着信した。ディスプレイに表示されるその名前に驚きと違和感と激しい安堵を覚えて電話を取った。

 通話はひどいノイズ混じりだった。むしろ、ノイズの合間に男の声が混じっていた。途切れ途切れではあったが「ごめん、そっちには行けなくなった」と言っていた。私は、向こうに聞こえているかどうかわからないまま「大丈夫、わかっている、わかっている」とひたすら大声で繰り返した。そのまま通話は切れて、私は絶望して大声で泣き叫んだ気がした。

 自分の大声で目が覚めたとき、私は別に涙を流していたわけではないことに気がついた。

 それから、私は、悲しいような、満たされたような気持ちになった。
[PR]
by tatsuki-s | 2005-04-10 04:45 | Anecdote/Pun(小噺・ネタ)

ある石像職人の話

 妻に先立たれた男があった。
 男はすぐれた石像職人であったが、その手は、妻を失った嘆きのあまり酒に震え、力強い喜びに彩られた神々の姿を掘り出すこともなくなった。
 これを憂いた主神は男の元へ使いをやった。これは主神の子のうちのひとりであった。
 使いの者は男に言った。
「私が黄泉の国にあるお前の妻の元へ手紙を届けよう」
 男は、使いの者の言葉にひどく心を惹かれながら問うた。
「あなたがそれを本当にできるというのならば」
「ならば、見よ」
 使いの者は柄に二匹の蛇の巻き付いた杖を男に示した。男はそれを見て驚き、それでは妻に届けてもらいたいものがあると告げた。
「ただし」
 使いの者は男を制するように言った。
「ひとたび黄泉路をくぐり抜けた記憶は二度とお前の元には戻らない」
「私が伝えたいと思うただひとりに届くのなら失われてもかまわない。さもなければ、それはないも同然のものだ」

 男の言葉とはその鑿によってつむがれるものであり、その手紙とは石像であった。
 まず男は、出会った頃の最も美しい面影を彫りつけた。石像はさながら生けるがごとく立ち、幸福な喜びに満ちあふれて男に微笑みかけた。使いの者はその出来映えに驚嘆し、これを早速男の妻の元へと持ち帰った。
 男は次に、妻として迎え入れた日の甘美な瞬間を寸分違わず大理石にうつし取った。それから、苦しみを分かち合った記憶を形にした。
 ひとつずつ石像を仕上げるたびに、男の記憶からその姿は失われていった。

 そうして石像を彫り続けるうちに三年が過ぎた。
 男はもはや自分の妻の姿をほとんど覚えていなかった。自分が誰のためにそれをするのかも稀にしか思い出せなくなっていたが、それでも残ったわずかな記憶を頼りに彫った。
 病魔に冒されやつれ果てた透き通るような最期の笑顔をたたえた女の石像を彫り上げたとき、男は妻についてのすべてを忘れた。
「これでもう、私のすべきことはなくなった」
 使いの者は男から最後の石像を受け取ると目の前から姿を消した。そして、黄泉の国に最後の石像が届いたとき、男はそれすらも忘れてしまった。
 あとには、何かを成し遂げたという思いと、それがなにかわからぬが、大切なものをなくしたという正体のない悲しみだけが残った。

 以来、男の彫る石像はどれも、えもいわれぬ憂いを帯びて美しく、記憶のどこにもない面影をもどかしく追い求めるように、見る者の目によってさまざまに映った。それはまさしく、この世のものならざる悲しみに満ちた神秘的な彫像であった。

 それらの石像は神々に捧げられ、神々は大いに喜んだ。
[PR]
by tatsuki-s | 2005-01-14 01:58 | Anecdote/Pun(小噺・ネタ)

日常の詩吟

 友よ。

 問おう、

 ユビキタスの

 なんたるかを。


 それは、

 器に刻み付けられた凹凸が

 目を閉じていてもたちどころに

 シャンプーかリンスかを


 友よ。

 それはバリアフリー。
[PR]
by tatsuki-s | 2005-01-12 20:29 | Anecdote/Pun(小噺・ネタ)

丘とベル

 カウベルの音が鳴ると、そこは天国なのだと思った。

 伯父の家は牧草地が広がる小高い丘のうえにあった。遠くに白くかすむ山々にいたるまで視界をさえぎるものひとつなかったので、丘の中央に立って周囲を見渡すと、巨大な緑の円盤に乗って飛んでいるような気がしたものだった。

 風の強い日には雲が速く流れ、円盤は急速に動いた。暖かくおだやかな日には、大海のなかに漂っているようだった。まだ幼い時分には、伯父の運転するがたがたした軽トラックの荷台に揺られながら町に買い物にゆくときなど、子供らしい想像力から、あの丘は長距離航海をする船のように停泊しているのだと考えてわくわくした。

 とある外出の折に私がそのことを口にすると、伯父は、そうだよ、だからうちには誰もこられないんだ、と少しおどけたように答えた。そして帰りには、早くしないと出てしまうぞなどと言ってうろたえる私を急かしては面白がった。

 市街地から周囲の森林を抜けて丘に近づくと、きまって遠くからカウベルの音が聞こえた。それを耳にするたび、ぶじに帰ってきたのだと思ってなぜかほっとするのだった。その音は、雨の日には鈍くくぐもって聞こえた。

§            §            §

 学校にあがるようになって、私は伯父の家から親元に移り、伯父とはいつのまにか音信不通になってしまった。

 10数年ぶりに訪れた町は、駅前のロータリーに面した本屋がパチンコ屋になっていたことを除けばさほどかわり映えもしなかった。ぼんやりと記憶に残っていた商店街は思ったよりもずっと小さくて、ろくに店もなかった。

 駅前で車を拾ってあいまいな記憶を頼りに伯父の家に向かったが、あの丘があったはずの場所は住宅地だった。タクシーの運転手に尋ねてみたが、そこはもうずっと以前から住宅地だと言った。車を降りて数時間かけてその周辺をうろついてみたが、いくらさがしても、丘も、森らしきものも見つからなかった。

 そういえば、私は牛の姿さえ見たことがなかった。

 あの音はいったいどこから聞こえていたのだろう。

 日も暮れてきたので、私は商店街の雑貨屋で小さなカウベルを見つけて買った。振るとかすかにちりちりと音がしたが、それはあの音に似ていなかった。
[PR]
by tatsuki-s | 2004-12-24 17:41 | Anecdote/Pun(小噺・ネタ)

Deeply In Debt

「おーい、おやじ。お勘定」
「へい毎度。2500万円になりやす」
「おー、ほれ、2500万円な」
「…あのお客さん」
「なんだ」
「なに、これ」
「何って、お代だよ」
「ははあ…。でも、2499万7500円ほど足りねえんですが」
「ハァ?」
「ですから、あと2499万7500円足りてねえです」
「ああ…ハハハ、なかなか冗談の上手いおやじだ。びっくりしたじゃないか」
「冗談とかじゃなくて」
「なんだよその手は」
「2499万7500円」
「…マジで?」
「マジもアダルトページもねえ、ウチもボランティーアじゃねえんで」
「なんでそんないい発音」
「払えねってんですかい?」
「ていうかさ」
「お客さんがその気なら、こっちにも考えがありますぜ」
「あっなに突然サングラスなんかしてんの」
「お客よお…」
「あ、微妙に丁寧だ」
「メニューちゃんと見たのかい?」
「な、なんのこと」
「そら、お品書きってやつだ」
「そういうことは聞いてなくて」
「ここ、ここ」
「ん…? なに、このゴマみたいなの」
「ホラ、ここんとこに(単位:万円)って書いてあんだろ」
「えぇー! 字、小さっ!」
「あとは、ここ、ここ」
「え?」
「(価格は内税表示です)」
「いや、それはいい」
「うるうせえっ! ツベコベ言わずに払えっ!」
「うるうせえってアンタ」
「黙れッ! 俺はツッコミとチヂミは大嫌いなんだッ!」
「チヂミならメニューにあったけど」
「ゴチャゴチャ言うなっ!」

ドン! ガチャーン!

「痛てっ! 野郎、やりやがったな!」
「今のはアンタが自分で勝手に」
「見ろ、血が出た!」
「ホントだ、出てますねえ」
「お前、何型だ!」
「え…?」
「血液型に決まってんだろ!」
「ああ…Bだけどそれが何か…」
「チッ」
「…」
「…おい」
「はあ」
「なんでこういうときはツッコまねえんだ」
「え…? あー! なるほど」
「……許せねえ」
「は?」
「許せねえッ! 今ので笑ったら100分の1に負けてやろうと思ったがもうヤメだッ」
「そんな…泣きながら怒らなくても。ていうか、それでも25万か」
「わかった…仕方ねえ、一度だけチャンスをやろうじゃねえか」
「一体なにがわかったんだろう」
「いいか、これから俺と勝負して勝ったらチャラだ」
「ま、負けたら?」
「そんなことは今考えることじゃねえ」
「いや、だって…」
「ハナから負けを考える奴は勝てねえ・・・勝てッ・・・勝たなければ、負けだッ・・・」
「確かにそりゃそうだけど。というより、なんで応援されてるっぽいの」
「森田、死ぬ気で来い・・・狂気には狂気しかねえ・・・」
「はぁ。やればいいんでしょやれば。あと森田って誰」
「ここに一枚のコインがある」
「それ、さっき私が払った500円玉」
「そんなことはどうでもいいんだよ。裏か、表か?」
「え、何が?」
「やかましい! 裏か表かきいてんだ!」
「あ、えと、裏?」
「ハアッ!」

ピーン…クルクルクル

パシッ

「見ろ」
「…」
「…」
「…裏ですね」
「残念だったな」
「ええ!?」
「今のはそういうルールだ」
「だって、アンタさっき何も」
「聞かない奴が悪い」
「ムチャクチャだ」
「せんずれば人を制す」
「そんなイヤげなもので制されたくない」
「どうでもいいから払えッ!」
「えーと…」
「なんだ、この期に及んでまだなんかあんのか」
「無理」
「…」
「だから、無理だって」
「ははあ…。つまり、喰い逃げかい」
「いや、ていうかね?」
「わかった…仕方ねえ」
「え?」

パチンッ

ドカドカドカッ

「え? なに? この黒い服の人たちは?」
「連れてけ!」
「えぇー!」

『大人しくしろ』
『ほら、こっちだ』
『暴れるんじゃない』
『呑んでるから肝臓は無理だな』


ドタン、バタン


タスケテー





「ふう、やれやれ」
「どうしたんだい、あんた」
「お、起こしちまったか」
「また変なお客さんだったのかい」
「いや…参っちまうよ。また喰い逃げされるとこだった」
「やだねえ。なんでそんなお客さんばっかりなんだろ」
「不景気だからなあ。これでもウチは良心的にやってるってのに」
「あんた、ホントにお人好しだからねえ…」
「ああ、ときどき商売に向かねえんじゃねえかって思うよ」
「ダメだよ、弱気になっちゃ」

ドンドンドンドン!

「あっ来やがった」
「ど、どうしようあんた」
「どうしようって、仕方ねえ…出るんだよ」
「ああ…」

ガラッ

「よう、おやじ」
「へ、へへ。こんばんは」
「おう。景気はどうだ。もうかってるか」
「へえ…。ボチボチで」
「そうか。あと2499億7500万円だぞ」
「わ、わかってますって」
「ホントに、あんたってお人好しなんだからねえ…」
[PR]
by tatsuki-s | 2004-11-10 21:27 | Anecdote/Pun(小噺・ネタ)

剣士と弟子

「迷いがあるのならやめるがいい」

 己は、才蔵に向かってそのように言い放った。
 しかしあれは、己自身に向けた言葉ではなかったか。

 才蔵の迷い。その原因は、むしろ己の心のうちにあるのかもしれない。

 ――忘れるな。お前は百年に一人の天才なのだ

 己が才蔵に語った言葉は、決して偽りではなかった。己は、あいつを一人の剣術家として完成に導くことに指導者としての誇りすら感じている。

 己自身が進むことのできなくなった高みへの夢。単なる夢とは思わせないだけの天賦の才。天の祝福を受けたような資質をこの手で育てる喜び。

 だが、それだけが全てではないのだ。

 焼け跡と化した寒村の片隅で膝を抱えて泣きじゃくっていた子供は、いつしか己が生涯で出会った最強の剣士となりつつあった。いつでも己の後にくっついてきた弟子は、今や己を超えようとしている。その時、才蔵は師範としての己の手を離れることになる。

 人は様々なことに他人の心のうちを知ることができる。言葉、振る舞い、表情。そういった日々のすべてのうちに。

 そして、目に見えぬほど微かな太刀筋の迷いに。

 おそらく、己自身が向きあうことを避けてきた心の迷いを、才蔵も日々どこかで感じていたに違いない。家族として。また、一人の剣術家として。

 才蔵は自分の存在が己にとっての重荷であると考えている。己の迷いも、苛立ちも、すべて才蔵自身の未熟さのためにあると信じているのだ。

 それゆえに、才蔵はあまりにも性急に完成を求める。

§           §           §

 月明かりの下で、微かに荷造りをする気配があった。己は眠ったふりをしていたが、恐らく、才蔵は己が目覚めている気配を感じているはずだった。

 小さく乱れた互いの気が絡み合う。しかし、それはついに言葉にはならない。

 さくさくと叢を踏みしめる音が静かに遠ざかってゆく。目覚めれば、もう己を追い悩ませるあの親しげな姿は消えているだろう。

 己は、完全に自由だった。

 そして、なにもなかった。

(なに。元に戻るだけのことだ)

 心は澄んだ水のようにおだやかだった。己はゆっくりと目を閉じると、深い闇のようなまどろみに落ちていった。
[PR]
by tatsuki-s | 2004-10-28 02:02 | Anecdote/Pun(小噺・ネタ)

雨と夢

 夜半に激しい雨音が聞こえてきた。

 はじめはバラバラと庭石や池の水に叩き付ける音がしていただけだったのだが、そのうちに鼓膜を圧するほどの大きな音になった。俺は、何やら大声で叫んでみたのだが、もう自分の声すら聞こえないほどの雨足になっていた。

 しばらくすると、雨が障子を撃ち破って部屋に吹き込みはじめ、布団がすっかり雨に濡れてしまった。氷のように冷たくなった寝床のなかで、俺は自分の体が次第に凍えてゆくのを感じて絶望的な気分になった。

 そのうち、ふと誰かが部屋に入ってくる気配がした。俺は慌てて起きあがろうとしたが、雨水を含んだ布団は信じられないほど重く、べったり体に貼りついて、どうしても撥ね除けることができなかった。

 仕方なく、俺は激しく痛む頭を持ちあげて室内を見渡した。

 暗くて遠い部屋の片隅には、従姉が座っていた。

「…さん…」

 静かに名前を呼びかけたが、聞こえていないのか、彼女はじっとそうして座っているだけだった。俺は、だんだんと大きな声を出して何度もその名前を呼んだ。

 彼女は、相変わらずじっと座ったままだった。

 そのうちに、雨が降っているから声が届かないのだということに気付いた。自分の所在を伝えようにも、ここから部屋の隅までは距離があり過ぎたので、どうしようもなかった。

§           §           §

 俺は仕方なく雨の中を歩いて会社に戻ることにした。

 靴や服の中に、あとから水が浸み込んできてひどく気持ちが悪かった。

 途中、同僚が倒れていたので連れて帰ろうとしたが、ぐったりとしていて助け起こすことができなかった。しかも、よく見ると見知らぬ男だったので、俺はすっかり疲れ果ててその場に座り込んだ。

 氷のような冷たさが体温とともにじわじわと手足の感覚を奪い去っていった。凍えきった身体には熱すぎる血液が、こめかみのあたりを大きな蛆虫のように無理やり通り抜けていく。

 いつの間にか追っ手に取り囲まれている気配を感じた。

 黒い服に身を包んだ男達は、ばらばらになった彼女の手や、足や、首を手にしている。彼らは俺を決して容赦しないだろう。

 俺は絶望的な気分で自分の死のことを思った。
[PR]
by tatsuki-s | 2004-10-23 00:23 | Anecdote/Pun(小噺・ネタ)

知りたがり

「スロットやってるときに携帯でメール打ちまくってると電磁波のせいで確率あがるんだよ。だから、俺に連絡したかったら俺がスロットやってるときにしろよな」

 あの人は、わたしにそんなことを言った。

「あー、でもずっとやってっとだんだんメール打つのめんどくさくなってきてさ、けど問い合わせは鬼のようにすっから、読むのは大丈夫だぜ? 問い合わせでも電磁波出るからな」
「ねえ、スロットやってるときって、いつなの?」
「いや。わかんねーけど、俺しょっちゅうやってっから、そんとき」
「ふぅん…」

 この人は、わたしにどうしろというのだろうか。
 それ以外のときは読まないからメールをするなというのだろうか。
 それとも、ようするにいつでもメールしていいってことなのだろうか。

 よくわからない。

 それなのに、わたしはこうしてここにいる。

 いそがしいときに急に呼び出されたり、一緒にどこかに出かけようと思っても、全然連絡がつかなかったりする。でも、少なくとも連絡がついたときに会いたいと言って断られたことはない。だから、それがこの人なりのやさしさなのだと思うことにしている。

 そんなことをぼんやりと考えているわたしをよそに、彼は延々と「スロット」の話を続けていた。

「ふうん、そうなんだ」

 適当にあいづちをうつ。こういう話も、よくわからないことのひとつだ。

 そのうちに、話に飽きたのか、わたしの反応が薄いのでつまらなくなったのか、おもむろにテレビをつけるとごろりと横になった。休日の昼間なので、テレビは、ボーリングとかゴルフとかそんなものしかやっていなかった。

「なあ、ヒマだな?」
「…うん」

 結局することといえばひとつしかない。
 いったい、この人はわたしのことを必要としているのだろうか。

(それより、わたしはこの人のことを必要としているのだろうか)

 目の前にいると、それがあたりまえすぎるせいか、またよくわからなくなる。 
 この人が消えてしまったら、どちらかはっきりするのだろうか。

 消えてしまったら。

 わたしは、冗談半分に、

(消えろ、消えろ…)

と、頭の中でくりかえし唱えてみた。

「おい、なに笑ってんだ」
「え? 笑ってた?」

(消えろ、消えろ…)
 
 なんだかほんとうにおかしくなってきて、わたしはくすくすくすくす笑った。

§           §           §

 気がつくと、わたしはひとりでわけのわからないところに寝ていた。

 あたりは暗いような明るいような、漠然とした空間だった。
 熱くも寒くもなく、身体の境界がぼやけたような気がする。

 わたしはずいぶん長いこと、そこに座って自分がどうしてここにいるのかを考えた。あたりには時間を示すものがなにひとつなかったから、ほんとうに長い間だったのかどうかはわからないけど。

 そのうちに、ひとつの答えにたどりついた。

ああ…。消えたのは、わたしのほうだったのか

 不思議なことに、悲しいとかさびしいという感じはまるでなかった。
 余計なものがぜんぶ落ちて、すっかり心がかるくなったような、ひどく落ちついた気分だった。

 ふと見ると、わたしは服も着ていなかった。

(そっか。途中で消えちゃったから)

 そんなどうでもいいことを考えて、また少し笑った。

 大丈夫。時間はたっぷりありそうだし、はっきりさせたいことはのんびり考えよう。

 ただひとつだけ残念なのは、あの人が泣いているか、困っているか、それを確かめられないことだった。
[PR]
by tatsuki-s | 2004-10-20 02:25 | Anecdote/Pun(小噺・ネタ)

合理主義者と合理主義者

 男はこの地区にある3つの工場と1つの営業所を視察して本社に帰るところだった。

 駅に向かう途上で、貧民街に近い場所にある酒場と宿屋を兼ねたような店で昼食を採ることにした。休日の昼間ということもあり、店の中は労働者の男たちばかりでなく、その家族でもごったがえしていた。

 男の勤務する会社は、主に小規模の工場や町工場向けに、それなりに複雑ではあっても判断を必要としない作業に従事する、いわゆる「作業型ロボット」を生産し、産業的に後進の地域における販売とメンテナンスによってここ数年で爆発的に成長した企業だった。

 男はその本社の業務査察官という役職にあり、しばしばこういった工業地帯における査察と業務改善の企画提案のために、年のうちの8割は本社のある首都を離れて各地域の工場を飛び回っていた。

 速やかに食事を済ませて予定していた臨時特急で本社に戻ろうとしていた男は、ふと、隣のテーブルの親子連れに意識を惹かれた。

 夫は労働者風。口数は多く、教育は至らないもののそれなりの知性の持ち主のようだった。妻はとりわけ目立つタイプでもないが、職業に就いている女性に特有の緊張感がある。娘は年の頃で3歳くらいだろうか。

 会話のはしばしから察するに、彼らは男の会社で現地採用の営業をやっている夫婦とその娘のようだった。大小さまざまな工場が集まるこの地域では、労働人口全体の20%近くが男の会社に勤務しているので、こういうことがあっても別に不思議ではない。

 男の耳は、役職柄ごく自然にその夫婦の会話を捕らえていた。

「…いいんだよ、部品なんか頼んで置かせてもらえば」
「でも、家が狭いからって断られてさ」
「場所がないってんなら外にでもなんでも放ったらかしてもいいからって、とにかく頼むんだよ。それで手当も出るんだから、そうしなきゃダメだろ?」
「でも、それじゃ古くなった部品をたなおろしで回収するときわかっちゃうじゃない」
「ばっか、何言ってんだよ。そんなもんお客さんのことなんだから、会社だって俺たちに文句なんか言わねえよ。それより、ノルマはちゃんとクリアしなきゃダメだろ」
「うん…そうだね。わかったよ」

 客先に交換用のパーツをストックしてもらうことに対して、営業担当者に一定の手当を支給する制度の意味は、故障時の迅速な対応と緊急にパーツを調達するコストの低減のためであって、決して客先に不良在庫を分散して抱えることではない。

 一体、この男はその目的を理解して言っているのだろうか?

 男は、社内教育制度と地方営業における管理体制の問題点について思考をめぐらせつつ、労働者向きの安価なわりにやけにボリュームの多い定食をもそもそと食べながら、なおもその会話に耳を傾けた。

 夫のほうは言いたいことを言いつくしたのか、夫婦の話題はいつのまにか自分たちの娘に移っていた。

「やっぱり、話し始めるとどんどんかわいくなるよな」
「もう…この子まだそんなに喋んないのよ?」
「なあおい、お父さんお前ともっと話したいなあ!」
「ん…」
「来るときもずっとお外ばっかり見てあんまりお話してくれなかったね?」
「ほら。お父さん、お話したいって」
「今日は出かけるまえに遊んでただろ? 誰と一緒だったんだ? え?」
「んーとね、○○ちゃん」
「おーーっ、そうかそうか!」

(ああ、そうか…)

 男は、不意に理解した。

 彼らは目的を知らないのではない。ただ、この夫婦にとっての目的とは、自分たちの娘を養い、この不幸と貧困に満ちた世界から守り抜くことなのだ。

 そのために日々の賃金を稼ぐことに比べれば、その制度の持つ意味など、おそらくは遠い世界の出来事のようにどうでもよいことなのだろう…。

「今日は何して遊んでたんだ? えぇ?」
「えーとね…。えーーっと…」

 周囲の喧噪のなかで、そこだけが切り離されたように見えた。男は、胸の底から熱いものがじわりと広がってゆくのを感じていた。

 男はその光景を眩しそうに見つめながら、うっすらと考えていた。

 本社に戻ったら、ノルマの達成についてもう少し厳密な基準を提案しなければならないな…。
[PR]
by tatsuki-s | 2004-10-19 00:11 | Anecdote/Pun(小噺・ネタ)

友達とタオルケット

 こんにちは。突然だけど、ぼくはチャーリーっていうんだ。

 今日は、ぼくの友達の身のうえに起こった不思議な話をしようと思うんだ。

 その友達っていうのはライナスって奴なんだけど、彼は子供の頃からずっと同じタオルケットを肌身離さず持ち歩いている。

 いつからそうなのかは知らないけど、少なくともぼくが彼に出会ってこのかた、ライナスがあのタオルケットを持たないでいる姿は見たことがないんだ。

 ライナスの姉さんのルーシーに聞いてみたけど、やっぱりいつ見ても必ず握りしめて歩いてるっていうし。

「あいつってば、おフロに入るときもあのきったないタオルケット持って入るんだから。
 知ってる? タオルケットなんか持ってシャワーを浴びられたら、あとでバスタブが
 垢だらけになってそりゃもう

「もうわかったよルーシー」

 そんなわけで、ぼくはマーシーとパティにも相談してみた。

「絶対、あのタオルケットには驚くべき秘密が隠されているわ」とマーシー。
「あれがあやしいと思っているのはあんただけじゃないわよ」とパティ。

 こうなると、このふたりは話が早い。ぼくはちょっと気が引けたんだけど、ライナスが寝てる間にあのタオルケットをかくしてみようってことになった。

§           §           §

 いよいよ計画の日、ぼくらはつれだってプールに泳ぎにいったんだ。その日はカンカン照りで最高のプール日和だったし、ぼくらははしゃぎまくってヘトヘトになるまで遊んだ。

 帰りぎわ、ぼくはパティの提案どおりみんなにこういった。

「うちにおいでよ。冷たいソーダでもごちそうするからさ」

 もちろん、みんな異議なんてあるわけがない。疲れたからだにしみこむシュワっとしたソーダ水の味とか、青くなった舌を見せっこする楽しみに抵抗できるやつなんて、この世にいるわけがない。

 カラカラにかわいたのどに一気に流しこんだ甘いソーダ水は、少しひりつく肌までひんやりと冷ましてくれる気がした。ぼくらは夏の幸せを骨のずいまであじわいながら、けだるい疲れと友達と過ごす時間を楽しんだ。

 ひとしきりバカな話で盛り上がったころに、ライナスがとろんとしてつぶやく。

「なんかぼく眠くなってきたよ」

 ねんのためにいっておくけど、ぼくらは絶対に神聖なソーダ水に変なものなんか入れたりしない。さんざん遊んでクタクタになったあとの昼寝ってのは最高のぜいたくなんだ。

「じゃ、ちょっとみんなでお昼寝しましょうよ。いいわね、チャーリー?」
「う、うん。ぼくはかまわないよ」
「チャーリー、恩に着るよ…」

 そういうが早いか、ライナスはタオルケットにくるまってあっという間にすうすうと寝息をたてはじめた。

「さて…いよいよね」

 マーシーのメガネがあやしく光る。

バウバウ!

 ちょうどそのとき、犬小屋のほうから声が聞こえた。

「ごめん、ちょっとビーグルにエサをやらなくちゃ」
「何よ、これからってときに」
「アタシもうねむい…」

 妹のサリーは眠くてもう限界ちかいみたいだった。

「ごめん、ちょっとだけ待っててよ」

 ぼくはあわててドッグフードの袋をかかえて庭に出た。

 ビーグルって犬種はどういうわけかいつも腹ペコらしくて、いつエサをやってもかならずペロリと平らげちゃう。散歩の時間も長いし、とっても手がかかるんだけどそこがかわいくて仕方ないんだよね。

 犬は、壊れたタイプライターの角をがじがじとかじって食事が遅くなったことを主張していた。

「ああ…ごめんよ。ほら、ごはんだぞ」

 ざらざらとフードをながしこむと、犬は待ちかねたようにがっつく。ぼくはすぐそばにしゃがみこんで、その様子をじっとながめるのが大好きだ。

 犬はすこし迷惑そうだったけど、ぼくはとてもやさしい気持ちになって、しばらく横からのぞき込んでいた。

§           §           §

「キャーーーーッ!」

 突然、家の中からいっせいに悲鳴があがった。

 ぼくは何ごとかとおもって、大いそぎで家の中にかけこんだ。

「どうしたの?」
「ライナスが、ライナスが!!

 みると、さっきまで気持ち良さそうに寝息をたてていたはずのライナスは、真っ青な顔をしてピクリとも動かず横たわっている。とっさに口もとに手をかざしてみると、ぜんぜん息をしていないみたいだった。

 妹のサリーなんかもうパニックで、ぼくのことをポカポカと叩くし、もうめちゃくちゃになっちゃった。

(ど、どうしよう)

 ぼくもとってもあせっていたけど、それよりもみんながパニックになっているのをみて、ちょっとだけ冷静になれたんだ。

「ま、待ってよみんな。ひとまずそのタオルケットをもとに戻してみるってのはどうかな」
「それよ! なんですぐにいわないのよ!」
「いいからこっちにパスして!」

 ぼくはよれよれのタオルケットを受け取ると、ライナスのからだにそっとかぶせた。

「ん…」
「「ライナス!!」」

 ぼくらはいっせいに声を上げた。

「うーん…。ひどいなあ、ぼくをからだから離すなんて

 ライナスはねぼけ顔でそうつぶやくと、ふたたびタオルケットにくるまって眠ってしまった。

「ね、今…」
タオルを返して、って言ったんでしょ」
「そ、そうだよね」

 そのあとも、みんな何もいわなかったけど、妹のサリーはときどきうたがわしそうにあのタオルケットをじっとにらんでいたのをぼくは知ってるんだ。

§           §           §

 話はこれでおわりさ。ライナスはあれからおかしな様子もなくていつもどおりだし、ぼくらはそのあと夏休みの課題のおいこみにてんてこまいで、もうそれどころじゃなかったし。

 でも、それからは誰もライナスのタオルケットを話題にすることはなかった。

 ぼくだって、自分の大切な友達が実はタオルケットのほうだなんて考えたくもないしね。
[PR]
by tatsuki-s | 2004-08-29 19:31 | Anecdote/Pun(小噺・ネタ)


カテゴリ
Anecdote/Pun(小噺・ネタ)
Talking(よもやまばなし)
Drinking(お蔵入り)
Diary(普通の日記)
リンク
goo辞書
Wikipedia
連続飲酒患者のための備忘録
mail