クルックー。
「よう」 「あ、久しぶり」 「お前、見ないうちに白い斑が増えたな」 「君こそ、首の後ろがすっかりけば立ってるじゃないか」 「そろそろ俺たちも、そういう歳ってことだ」 「あはは…僕は、まだ若いつもりでいるんだけど」 「それにしても、お前もここに来てるとは」 「僕らにとって、この製薬会社はやっぱり憧れだからね」 「この会場も見渡すかぎり求職鳩で一杯だ。それでお前、志望は?」 「伝書部門さ」 「伝書…本気か?」 「うん。かなり迷ったけど」 「狭き門だぞ。3年に1羽も採用されないって話だ」 「それでも挑戦してみたいんだ」 「そうか…お前の家系は、15代ばかり前は戦場のエースだったものな」 「自分でも、時代錯誤なのは百も承知なんだけどね」 「今はどうしてるんだ」 「平和の象徴で食いつないでる…だけど、飛ばない鳩はただの鳩だよ」 「それは豚の話だろ。ところでヒロシマで一緒だった相棒はどうした」 「半年前にいきなり鳩時計の時報になると言いだしてスイスに旅立ったきりだ」 「だが、あれは」 「うん。僕たち生身の鳩には無理だ」 「奴はどうして、そんな風車に飛び込むような無謀なマネをしたんだ」 「夢ってのはそういうものだよ。その点じゃ僕も似たようなものさ」 「だが、伝書と時報では話が全然違う」 「周りから見ると理解できないことは多いよ。サブレーになったはとこの話はしたことがあったけ」 「鳩だけに、はとこか」 「違うよ。血縁のはとこ」 「ああ。最後は結局、尻尾を短く食われたうえにくちばしを歯で削り出されて、あひるの形にされて食われたってやつだろう?」 「うん…。僕はそれを聞いて、楕円形に食べ残されて卵って言われたほうがまだマシだと思ったんだ」 「それもどうかと思うが」 「でも、彼女は、そいつがとんがりコーンを指にはめて食うような奴だってわかってたんだ」 「そうか…。そんなものなのかも知れないな」 「うん」 「俺はもっと、普通がいいけどな」 「君はどこの部門に行く気なんだい」 「広告部門だ」 「もしかして、君、誤解してないか」 「何がだ」 「あれはCGだよ。今はもう飛ぶ奴なんて求められてないんだ」 「それは知ってる。俺は別に飛びたいわけじゃないし、飛ぶ仕事なら伝書の他にもあるだろ」 「手品の種かい? あれは、羽を切られるからね。連中は本当の意味では飛べてないのさ」 「そうそう都合のいい話はないってことか」 「下手をすると薬剤の被検体部門に配属されることもあるらしいよ」 「点眼か」 「うん」 「考えただけでも恐ろしいな」 「本当にね。なにしろ、僕たちは上まぶたを動かせないんだから」 「やっぱり伝書鳩がいいか」 「そうだね。平和の象徴は食いっぱぐれないけど、飼い慣らされたり、おだてられて木に登るのはもう嫌なんだ」 「それも豚の話だろう…あっ!」 「どうした」 「豆だ。豆が落ちてる!」 「本当だ。豆だ豆だ!」 バサバサバサバサ。 「ふう、食った食った」 「お腹がいっぱいだ」 「ところで、何の話だった」 「だから、僕はどうしても伝書鳩になりたいんだ」 ——以上でエントリーシートの提出を締め切り、説明会を終了します。 「あっ、いつの間に」 「豆食べるのに夢中だったから…」 「なんてことだ…あっ!」 「どうしたの」 「パンくずだ。パンくずが落ちてる!」 「本当だ。パンくずだパンくずだ!」 バサバサバサバサ。 「ふう、食った食った」 「お腹がいっぱいだ」 「ところで、何の話だった」 「だから、僕はどうしても伝書鳩になりたいんだ」 「…」 「…」 「ふと思ったんだが」 「何?」 「このままじゃ俺たちはだめだな」 「そう…みたいだね」 「なにが悪いんだろう」 「難しいね」 「お前にもわからないか」 「わからないけど、ただひとついえることがあるよ」 「何だ」 「僕らには、将来のピジョンが欠けてる」 「…」 「…」 「豆でも食って帰るか」 「うん」 クルックー。
by tatsuki-s
| 2004-05-20 23:42
| Anecdote/Pun(小噺・ネタ)
|