「山田、状況はどうだ」
「客数名を人質に2時間、相変わらず犯人グループからの要求はありません」 「膠着状態だな」 「どうしましょうか、警部」 「まあそう焦るな。こういうときは過去の経験を生かして行動するのが鉄則だ」 「べつに焦ってはいませんけど、何か参考になる事件でも」 「あれは、俺が部下を持つようになって最初の大きなヤマだった…」 「まさか思い出話ですか。今、ここで」 「近所の105円ショップに7人組のグループが押し入り、そのまま立てこもった。そして、ちょうど今回と同じように犯人からの要求がないまま数時間が経過した」 「100円ショップはもう総額表示だったんですか」 「俺の読みでは、奴らは素性と目的その他一切が謎に包まれた政治犯だった」 「素性と目的が一切不明だと政治犯になりませんよ」 「人質になった店主と居合わせた数名の客もそろそろ限界に近づいていた。俺の勘は『ここは待ちだ』と告げていたが、経験の浅い部下は焦りはじめていた…ちょうど、今のお前のようにな」 「焦ってませんてば。しつこい人だなあ。それより、その勘はいったいどこから」 「ああ…。麻雀、とか」 「麻雀て。とかって。人命がかかった局面でそんなものを根拠に」 「何を言う。麻雀は人間心理の粋だ。ツキが来ていれば、勝てるときもある」 「あからさまに心理と関係ないですね」 「若い奴にはわからんのだ。だから勝てん。そして、俺の必死の制止にもかかわらず、山田は凶悪犯のもとへと飛び出して行った」 「行きませんよ絶対」 「山田ってのはお前のことじゃなくて仮名だ。ありふれた名前だからな。そして奴の行動はやはり軽卒だった。ダーン! 山田、山田アァァァッ」 「うるさいなこの人」 「俺は山田に駆け寄ると奴の上体を抱え起こした。愛してる、お前を愛してるぞ! くそっ、駄目か…この馬鹿、とうとう人生でも振り込んじまったな…。俺は流れる涙を拭いもせずに言った。へへっ…今日でハコになっちゃいましたね…俺…。山田はそう言い残すと安らかな笑顔を浮かべたまま息を引き取った」 「うわぁ…感じ悪い…」 「俺はその場で仁王立ちになると、犯人グループを睨みつけて言った。自分は湾岸署の青島という者だ、お前らデスノートに書いてやるから正々堂々と名乗れ、と」 「いろいろ言いたいところですが、とりあえず撃ってくれといわんばかりの行動ですね」 「奴らは俺の恐れを知らぬ正義の心に圧倒されて撃つことが出来なかった。そして、戦場で名乗らなければ名誉を失うことにようやく気づいたようだった」 「偽名を使うよりはいいんじゃないですか」 「そこは知略というものだ。相手に名を知られるということは、同時に相手に支配されることを意味する。小鳥遊(たかなし)や四月一日(わたぬき)といった読みづらい名前はそうした考え方からできたものだ。以上、まめ知識でした」 「はぁ」 「閑話休題」 「もう全部無駄話みたいなもんだから、いちいち断らなくてもいいですよ」 「俺は犯人の名乗った名前を、肌身離さず持ち歩いているデスノートの切れ端に書き込んだ。ところが、倒れたのは現場の対策本部長だった。奴らはテレビの記者会見を見てその名を騙ったのだ」 「知略とか言うんなら先に気がついてくださいよ」 「違う、それは奸計と言うんだ。悪人は手段を選ばずに卑劣な攻撃を仕掛けてくる。おのれ、よくも対策本部長を!」 「自分で手を下したくせに…。だいたいなんですか、そのデスノート持ってるとかいう小学生みたいな設定は」 「本部長はもとから心臓病を患っていたのだ。だから俺が名前を書かずともいずれ…いっそ楽になりたいものだ、と生前から…くっ…」 「すごい身勝手さだ。なんでそれで泣けるのかまったくわからない」 「共に命懸けの仕事をする者にだけわかる魂の共鳴だ」 「なんかもう、心底どうでもいいです」 「どうでもいいとは何だ。人命尊重は警官の本分だぞ」 「勝手にやっててください。私は本部に状況確認に行ってきます」 「山田…と」 「うわ、なに人の名前書き込もうとしてるんですか。ていうか何ですかそのノートは」 「だからデスノートだってば。話聞いてくれないと名前書いちゃうぞ」 「ちゃうぞって、全然可愛くないし、そんな脅しが効くとでも」 「ならば、試してみるか」 「そんな腕に覚えのある素浪人みたいな言い方されても」 「試せば死、逃げれば死だ」 「なんて絶望的な二択なんだ」 「俺は常に両面待ちだ。抜かりはない」 「またそれですか」 「お前は手牌を切るしかないんだよ、山田」 「わかりました…おとなしく聞けばいいんでしょう聞きますよ」 「なんかなげやりだぞ。ブーブー」 「ついでに言わせてもらいますけど、現場にジャンプ持ち込むのもどうかと思いますよ」 「ワシとて気は進まんかった…しかし連休中は合併号になるため致し方なかったのじゃ」 「小学生の言い訳以下だ。しかもいきなり老人口調で」 「ここにはワシの子供の頃からの人生が詰まっている…人生の書と言い換えてもよいじゃろう」 「なにも言い換えになってませんよ」 「…俺は今でも思っている。そんな事件の解決をしたいと」 「要するに、今までの話はただの願望ですか」 「それは違う。これはきわめて現実味のある予測だ」 「話の内容としては、身内が二人死んだだけだったようですが」 「この先にいろいろあって万事解決するんだよ。そして、それを聞いた山田は、俺の必死の制止にもかかわらず凶悪犯のもとへと飛び出して行った」 「さっきの話だと撃たれて死んでたじゃないですか。嫌ですよそんなの」 「待てっ、行くなっ。先ヅモはよせ!」 「そう言いながら押さないでください!」 「二階級特進」 「いやだーっ!」 バキューン! バキューン! 「うわっ、あぶっ、危なっ!」 カン! カン! 「山田…雉も鳴かずば撃たれまいに…」 「誰のせいだと思ってるんですか、あー、危なっ」 「いや、いまのはカンって言ったから、鳴くとかけてみた」 「ハァ…ハァ…。そのくだらないギャグを最後に死ぬかと思いました」 「おお! よくぞ戻ってきてたな、山田よ」 「言いたいことはそのドラクエの王様みたいな言葉だけですか」 「…へんじがない。ただのしかばねのようだ」 「それ本当にしてあげましょうか」 「いやいやいや、待て待て待て! おい見ろ。今の射撃をきっかけに警官隊が突入したぞ」 ワーワー! 人質全員確保! ワー! 「お前がテンパって飛び出したお陰で、結果的にうまくいったようだ」 「あんたがむりやり押し出したんでしょうが」 「うむ、ここまで見切った上でのことだ。許せ」 「それにしては、さっきの話とずいぶん展開が違ったみたいですが」 「敵を欺くにはまず味方から」 「とても信じられない…。だいいち、ここは待ちじゃなかったんですか」 「それは…勝負の流れというものだ」 「そんないい加減な。そんなごたくはまるで無意味だ」 「そうでもない。やはり麻雀は人生の粋だ」 「単なる結果オーライなのに」 「だから、ロンより証拠というんだ」
by tatsuki-s
| 2004-05-05 23:43
| Anecdote/Pun(小噺・ネタ)
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