たまにはちょっとまじめな話でも。
「鏡に映ったものは左右が逆になります。 では、左右は逆になるのに、上下は逆にならないのはなーんでだ?」 このテの「なぞなぞ」は、うっかり考え込んでしまう人には思わぬ難問になったりすることがあります。 ———寝そべって鏡に映っても上下は逆にならないよなあ? とか、 ———左右は相対的なものだからじゃないのかな? とか、 ———でも上下左右って紙に書いて回転させたら? 鏡に映したら? とか。 これ、一見どうでもいい話ですが、気がつくと大真面目で似たようなことをしてるってのは実は珍しいことじゃないかも、と思ったりします。 ふつう、問題は「問題」→「解き方」→「答え」の順で解きます。 これが試験だったら、問題は絶対に解けるように作られていますし、解き方もあらかじめ想定されてるので、試験時間内にできなくても、一生懸命考えたり、調べものをしたり、誰かに教わったりすれば、いつかは正解に行きつくようにできています。 ところが、仕事や人間関係のような「生きた人間同士でやっていること」だと、この3つのどこにでも間違いが紛れ込みます。 たとえば、ある事務処理について、途中にものすごく手間のかかる手続きがはさまっているので、これを自動化することになりました、という話なら、 (1)手続きを自動化する凄いプログラムを作ったけど、仕様や動作に不備があった (「答え」が間違い) (2)プログラムを作るのではなくて、アルバイトを一人増やせばそれで済む話だった (「解き方」が間違い) (3)そもそも手続き自体が不要なものだった (「問題」が間違い) という具合。 現実にはそれぞれのステップの中にも同じように細かい「問題」が発見されて「解決」されていくのですが、基本的には同じで「設定した問題」=「問題そのもの」とは限らないので、なんでも試験ふうにやってしまうと、(1)ならいいですが、(2)や、まして(3)なんかは絶対に解決不能なわけです。 よく自分でもこのテのはまり方を(仕事に限らず)していることにふと気づいて、そんなときは「とんちが足りなかったなあ」と思うのです。 --------------------------------------------------- とん 【▼頓】 (名・形動ナリ) (1)急であること。にわかであること。また、そのさま。 (2)にぶい・こと(さま)。とんま。 (3)〔仏〕 教法の理解や修行などの段階的な深化を経ることなく、 一挙に悟りに到達すること。⇔漸 --------------------------------------------------- とんちは「頓知」または「頓智」でふつうは「とっさの機転」のことを指しますが、真っ向勝負しないほうがいいこともある、という知恵ともとれます。 そんなわけで、なぞなぞが出てきたら鏡に向かってアレコレ考えないほうがいい、というお話。
by tatsuki-s
| 2004-04-10 11:54
| Talking(よもやまばなし)
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